2016.12.01 Thu |

解析事例紹介3:数量化理論を用いた住民投票の分析

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解析事例紹介シリーズの3つ目として、住民投票をテーマにしてみました。このテーマはどちらかというと政治系であり数字で語られることがあまりないものですが、数字から語るとどのようになるのかをご紹介したいと思います。

出典は、赤池正浩(1998).地方自治体の政策決定における住民投票.法学教室, 212, 8-12
です。

【概要】
地方自治体における特定の論点に関する住民投票制度は、自治体ごとに明確なルールは定められているわけでは必ずしもなく、住民投票を使用するか、住民投票の結果をそのまま政策に反映させるかは、各自治体の首長と議会の決定にゆだねられており、住民投票に対する態度が、首長や議員、各自治体の職員のどのような属性に依存するのかを解析した、というものです。

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【使用したデータ】
1998年4月1日~9月30日まで全国670市の市長、市議会議長、財政担当部部長、高齢者福祉担当部課長に宛てた郵送調査データです。
回収率は、  合計68.3%(1830通)。
内訳は市長(首長) 66.8%(448市)、
市議会議長    63.4%(425市)、
財政担当課長   79.0%(529市)、
高齢福祉担当課長 63.9%(428市)、

使用したデータは、4者すべてから回答を得られた353市1412通(ここで回答してくれた市は、住民投票に関して真剣に考えているバイアスがあるかもですね)。

ということで、このサンプルが、日本のすべての市を代表するものであるかどうかということも検討されており、670市に関する、人口、面積、財政力指数の平均値と95%信頼区間を求め、サンプルの平均が信頼区間に入るか調べています。その結果、今回のサンプルは、全自治体を代表するものである、ということが言えたそうです。

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分析に使用した質問は以下の5つの質問です。
1、【住民投票保障】住民投票は有権者の声を反映する上で有用な手段なので、有権者個々の政策判断能力にかかわらず、保障されるべきである。(選択肢:「賛成」,「どちらかといえば賛成」,「判断がつかない」,「どちらかといえば反対」,「反対」の5段階)
2、【議会機能強化先決】有権者の声を地方行政に反映させるに当たっては、住民投票よりも地方議会の機能強化の方が優先的にはかられる事項であり、住民投票は、地方議会の機能強化後に採用されるべきである。(選択肢:「賛成」,「どちらかといえば賛成」,「判断がつかない」,「どちらかといえば反対」,「反対」の5段階)
3、【法的拘束力付与】住民投票の結果には法的拘束力を持たせるべきである。(選択肢:「賛成」,「どちらかといえば賛成」,「判断がつかない」,「どちらかといえば反対」,「反対」,「参考にとどめるべき」の6段階)
4、【国の政策より住民投票の結果優先】住民投票の結果が国の政策と衝突した場合であっても、市長は住民投票の結果に従わなくてはならない。(選択肢:「賛成」,「どちらかといえば賛成」,「判断がつかない」,「どちらかといえば反対」,「反対」の5段階)
5、次の事項の中で、あなたが住民投票になじむ項目とお考えの項目はどれでしょうか?該当する項目すべてに〇をつけてください。
・安保防衛
・庁舎や体育施設の建設
・ごみ処理施設の建設
・企業誘致
・原発の誘致
・環境保護

(指示通り記入しなかったり、欠損がある回答は使用せず)

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【住民投票制度の概要と分析枠組】
特定の自治体における有用課題について実施される住民投票は、法令に具体的な規定があるものではありません。実際には地方自治法74条に規定される、条例制定直接請求権に基づいています。つまり住民投票を実施する旨の条例の制定を住民が請求します。そのプロセスは、有権者の1/50以上の署名を集めて、市長に提出し、それを受けて市長と行政が条例案を作成し、議会に提出します。そして議会が条例案に賛成した場合に、初めて、住民投票が実施されることになります。ただし、住民投票の結果には法的な拘束力がないので、住民投票の結果がそのまま政策に反映されるとは言えません。

このプロセスには、議会だけでなく、市長の態度がきわめて重要になるため、市長の態度にどのような要因が影響しているかを特定することで、市長の住民投票に対する態度の本質を見出そうというのが今回の解析目的です。

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分析にあたって、市長の住民投票への態度を規定すると考えられる要因は以下の7要因を用意しています。
1,都市化度(高い、やや高い、やや低い、低い)
2,当選回数(1回、2回、3回以上)
3,推薦政党数(推薦政党なし、1党推薦、複数政党推薦)
4,推薦政党の形態(無所属、保守・中道、相乗り・革新)
5,得票率(得票率50%未満、得票率50-75%、得票率75%以上、無投票当選)
6,市長の年齢(55歳未満、55-60歳、60-65歳未満、65歳以上)
7,市長の前職(議員、官僚、その他)
数値(連続値)を、質的変数(離散値)に替えているのは、この後で、数量化理論Ⅲ(対応分析)がやりたいからのようです。

ちなみに、数量化理論というと難しく聞こえますが、要は、質的変数(たとえば男・女、青・赤・緑など)を量的変数に変換することです。文字だと計算できないので、0や1に直すんですね。説明変数に質的変数があるときに、回帰したければ、数量化理論Ⅰを使い、分類したければ数量化理論Ⅱを使い、主成分分析や因子分析(、対応分析)をしたければ数量化理論Ⅲを使うといった具合です。

ちょっと脇道にそれましたが、次行きましょう。
【解析】
【住民投票保障】、【議会機能強化先決】、【法的拘束力付与】、【国の政策よりも住民投票の結果優先】それぞれを、目的変数として、

以下を説明変数として、
1,都市化度(高い、やや高い、やや低い、低い)
2,当選回数(1回、2回、3回以上)
3,推薦政党数(推薦政党なし、1党推薦、複数政党推薦)
4,推薦政党の形態(無所属、保守・中道、相乗り・革新)
5,得票率(得票率50%未満、得票率50-75%、得票率75%以上、無投票当選)
6,市長の年齢(55歳未満、55-60歳、60-65歳未満、65歳以上)
7,市長の前職(議員、官僚、その他)

分類を行い、各目的変数に何が影響しているかを、算出しています。影響を与えるとはすなわち相関係数が高い(比例関係にある)ということを示していると考えてよさそうです(おそらく判別分析を行っているため。)。

【結果】
それぞれ一つずつ結果を見ていきましょう。
1、「住民投票を有権者の政策形成能力の有無にかかわらず保障されるべきか」に影響を与えているのは、
得票率(1.51)、都市化(0.66)、推薦政党の数(0.43)、前職(0.42)
2、「住民投票は議会機能強化後に採用されるべきである」に影響を与えているのは、
得票率(0.54)、年齢(0.28)
3、「住民投票の結果に法的拘束力を持たせるべきである」に影響を与えているのは、
前職(0.47)、都市化(0.37)、年齢(0.32)
4、「国の政策より住民投票の結果を優先すべきか」
得票率(0.42)、都市化(0.23)、年齢(0.14)

という結果になりました。

全体的に、選挙時の得票率が高い影響を与えているようです。また唯一の例外の3の法的拘束力の部分では、前職が最も影響を与えていることがわかりました。

このままでは結果の解釈がやりにくいので、説明変数の意味の深堀りをしましょう。

【各説明変数を深堀することにより結果の解釈を試みる】
1、都市化:都市ほど、住民投票へのニーズが高い可能性が考えられます。なぜかというと、都市は人口規模が大きく、それだけ有権者が重視する争点の幅も広くなり、選挙時では、すべての争点をカバーする公約の提示は難しくなる傾向があるからです。したがって、都市的な自治体の市長ほど、住民帳票に対して、好意的な態度をとるのではないかという予想が立てられます。
2、当選回数、3、得票率:当選を重ねたり、高い得票率によって、当選を果たすことで、市長は、投票に関して、民意に関して、信頼するようになると予想されます。なので、住民投票という手法に対しても好意的な態度を示すことが予想されます。
4、推薦政党数:推薦政党数が多くなるほと、市長の議会運営において、各政党に配慮しなくてはいけなくなり、住民投票よりも、議会に託された民意を重視しなくてはいけなくなり、住民投票に関する態度が否定的になることが予想されます。
5、市長の前職:市長の前職がその自治体の議会議員であると、議会を構成するメンバーとの人間関係を考えないといけなくなり、住民投票に関して否定的であることが予想されます。
6、市長の年齢:年を取るほど新しいものを取り入れることが難しくなる傾向があり、また、人間関係などのしがらみも増えることから、住民投票による、新しい議題に対し、否定的な態度をとることが予想されます。
7、推薦政党の形態:保守的な政党から支持されていれば、既存の決まりを変えようとする、住民投票には否定的になることが考えられ、リベラルな政党から支持されていれば、住民投票にも肯定的であることが、予想されます。

【先ほどの結果の再考】
1、「住民投票を有権者の政策形成能力の有無にかかわらず保障されるべきか」に影響を与えているのは、
得票率(1.51)、都市化(0.66)、推薦政党の数(0.43)、前職(0.42)
2、「住民投票は議会機能強化後に採用されるべきである」に影響を与えているのは、
得票率(0.54)、年齢(0.28)
3、「住民投票の結果に法的拘束力を持たせるべきである」に影響を与えているのは、
前職(0.47)、都市化(0.37)、年齢(0.32)
4、「国の政策より住民投票の結果を優先すべきか」
得票率(0.42)、都市化(0.23)、年齢(0.14)
→全体的に得票率と都市化が高いのは、上で立てた各説明変数に対する仮説がおそらく正しかったのではないかと思われます。
→逆に他の説明変数、当選回数、推薦政党の形態等に関しては、当初想定したほど、重要ではなかったようですね。
→法的拘束力のところで、市長の前職が一番重要になってくるあたり、市長の議会との関係の仮定が正しかったか、または、実際に議員をやった経験から住民投票による政策決定方法にはリスクが大きいことを知っているのかもしれません。

 

さて、あと残り一つのデータについても解析していきましょう。こんな質問がありましたね。
ーーーーーーーー
5、次の事項の中で、あなたが住民投票になじむ項目とお考えの項目はどれでしょうか?該当する項目すべてに〇をつけてください。
・安保防衛
・庁舎や体育施設の建設
・ごみ処理施設の建設
・企業誘致
・原発の誘致
・環境保護
ーーーーーーーー

【最後の問の解析】
これらの選択肢がチェックされたか否かをそれぞれ目的変数にとり、さきほどと同じ説明変数で分類アルゴリズム(おそらく線形判別器)をかけてみると、以下のように各項目に影響する説明変数が出力されます。

【解析結果】
・安保防衛の選択に影響を与えているのは、
推薦政党数(1.08)、都市化(0.88)、得票率(0.81)
・原発の選択に影響を与えているのは、
推薦政党数(0.92)、得票率(0.86)、年齢(0.82)
・ごみ処理の選択に影響を与えているのは、
都市化(1.08)、推薦政党数(1.00)、年齢(0.96)
・環境保護の選択に影響を与えているのは、
得票率(1.29)、都市化(1.10)
→個別の案件になってくると、特に、安保防衛や原発など、政党全体の方針に影響しそうなテーマは、推薦政党が多いほど、住民投票に対する影響が大きいようです。おそらく、いくら住民投票でOKといっても、自分と関係のある政党がダメといえばダメなのでしょう。
→年齢についても影響度が高く出ており、仮説に立てた通り、年を取ると変化を嫌うようになったり、人間関係のしがらみで動けなくなってしまうのかもしれませんね。

【まとめ】
住民投票は、間接民主制の限界を埋める有効な手段である一方で、市長や議会の態度により、実際に効力を発揮するか決まりますが、市長の住民投票に対する態度に影響を与えている因子は、得票率や都市化度の場合もあれば、前職や支持政党数や年齢の場合もあり、市長の意思決定メカニズムの背後にあるものが垣間見えました。

住民投票というシステムが万能なわけでは決してありません。スイスのように住民投票が頻繁に行われる国では回数の多さにより投票率の低下を招き結果として一部の民意を過剰に反映したりしてしまうこともあります。

大事なのは、いざというときに住民投票という仕組みがしっかり機能するように、住民投票という仕組みの実態を知り事前に問題を解決しておくことと思います。

それでは今日はここまで。

鈴木瑞人
東京大学大学院 新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 博士課程1年
東京大学機械学習勉強会
NPO法人Bizjapan

 

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