2018.08.31 Fri |

ワイヤレス給電技術の魅力(その1)

 

数ある魅力的な科学技術の中で、ひときわ異彩を放ち、私たちの生活を大きく変える可能性がある技術の話をしましょう。現代社会をより便利にするだけでなくこれからのIoT時代にもマッチし、さらにエネルギー問題解決の糸口にもなりうる技術、それがワイヤレス給電です。

 

先月はじめ、総務省が「長距離ワイヤレス給電」の制度化に向けて動き出すことが発表されました[1]。早ければ2019年度中にも無線関連の法令改正がなされる見込みです。今まで長距離のワイヤレス給電技術が制度化された例はなく、実現すれば世界初の試みとなります。
この制度化によりワイヤレス給電技術を社会で利用するための土台が整うため、ますます技術開発が進むことと想定されます。
まさに国を挙げて力を入れようとしている技術、それがワイヤレス給電なのです。

「長距離ワイヤレス給電」が実現されると起こること[1]
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ただ一口にワイヤレス給電と言っても様々な形態があります。
「制度化と言っても、すでにスマホのワイヤレス充電器が販売されているじゃないか。」と思われた方もいるかもしれません。
今回肝となるのは「長距離」の部分で、これは「短距離」のスマホの充電技術などと比較すると技術的にも制度的にも成熟されておりません。しかし実用化が進めば様々な応用先が期待される、そんな技術なのです。
個人的にはその利用先、適用先は無限大といっても過言ではないと考えています。

 

さて、ワイヤレス給電が注目を集めていることがぼんやりとわかってきたところで、「長距離」と「短距離」の違いはなんなのか、ひいてはそもそも、ワイヤレス給電技術ってなんなのか、というところまでかみ砕いてみます。最終的に詳しい技術解説までたどり着ければ本望ですが、まずは大まかな話をしていきます。
それでは未来を彩る技術をすこし先取りしていきましょう。

 

まずワイヤレス給電と聞いてパッとなんのことか思い浮かぶでしょうか?
名前からも想像がつくように、ワイヤレス、つまり電線やケーブルなどの導体を用いずに電力を送るということです。
ではケーブルを用いないとどんな良いことが起こるのでしょう?

日常生活で考えれば、わざわざ充電や給電のためにコンセントにつなぐ必要がなくなります。すると「コンセントにつなぐ」という手間自体が省かれるだけでなく、屋内の電気機器のレイアウトが自由になるというメリットが生まれます。今までコンセントの位置によって制約を受けていた家電の配置や移動が自由になることで、掃除や業務の効率化が期待されるのです。これは主に短距離のワイヤレス給電技術によって成しえます。実際に米ディズニーでは「一部屋まるごと無線給電空間」を実現すべく研究を重ねており[2][3]、実用化の日はそう遠くないかもしれません。

米ディズニーによる一部屋まるごと無線給電空間のイメージ図[2]
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また、近年盛んになっているドローン産業への応用も期待されています。
今まで成しえなかった撮影や調査を可能にするためにますます注目を集めているドローンですが、現在はバッテリーを搭載していることにより、そのフライト時間やペイロードに制約があります。そこで代わりにワイヤレス給電により地上から電力を供給してやることでこの問題が解決可能になるのです。こちらは長距離のワイヤレス給電技術によって成し遂げられます。

ドローンへのワイヤレス給電も研究が進められている[4]

 

さらに、「ケーブルをなくす」のではなく、「すでにある環境中の電波を利用する」という方針にのっとった「エナジハーベスティング」と呼ばれるワイヤレス給電技術の研究例もあります。例えば電子レンジやテレビなどの電波を拾ってセンサーを動かしたり、Wi-Fiを拾って電卓やカメラを動かすといった研究例もあります[5][6]。これは最近主流になってきており、様々な応用先を視野に研究が盛んに行われています。こちらは短距離、長距離ともに存在しています。

Wi-Fiの電力を利用して電気機器を動かす装置(Wi-Fi Backscatter)[5]
© Bryce Kellogg, Computer Science & Engineering, University of Washington.

 

このように、ケーブルを省くことでさまざまなメリットが生まれることがわかりました。では、短距離と長距離の違いは何からくるのでしょうか?

 

この違いはそもそもの送電方式の違いによって生じます。
短距離型は、送受電にコイルを用いており、高校物理に出てきた電磁誘導の法則を用いて近くのコイルに電流を誘起しているのです。この誘起される電流(誘導電流)はコイルを貫く磁場の強さと関係しており、そのコイル同士が離れると磁場が弱くなるために受信可能な電力が少なくなってしまいます。そのため短距離でのみ用いられる方式なのです。
伝送距離はせいぜい数メートル程度と言われています。

 

一方で長距離型は、送受電にアンテナを用いています。電波を介して電力を送ることで、距離の制約を受けることなく送受電が可能になります。周波数が高いほど電波を集中させて送ることができるため、普通マイクロ波(1GHz)以上の周波数が用いられます。
受信した電波は通常の電気機器ではマイクロ波のまま使用することができないので、直流に変換する必要があります。このマイクロ波-直流変換のための素子はレクテナと呼ばれ、長距離型のワイヤレス給電に置いて非常に重要な役割を担います。
短距離型と比較すると長距離型はまだ技術が成熟しておらず、様々な応用先が見込まれる研究領域になっています。

 

次回は短距離、長距離それぞれの技術について詳しく見ていきます。

 

【出典】
[1] https://www.sankeibiz.jp/macro/news/180705/mca1807050500001-n1.htm
[2] https://www.disneyresearch.com/publication/quasistatic-cavity-resonance-for-ubiquitous-wireless-power-transfer/
[3] Matthew J. Chabalko, Mohsen Shahmohammadi, Alanson P. Sample, “Quasistatic Cavity Resonance for Ubiquitous Wireless Power Transfer,”  PLOS ONE 12, 2 (02 2017), 1–14.
[4] http://www.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/1603/16/news117.html
[5] http://iotwifi.cs.washington.edu/
[6] Bryce Kellogg, Aaron Parks, Shyamnath Gollakota, Joshua R. Smith, and David Wetherall, “Wi-Fi Backscatter: Internet Connectivity for RF-Powered Devices,” Proceedings of the 2014 ACM conference on SIGCOMM, August 17-22, 2014, Chicago, Illinois, USA.

 

K. M.
東京大学大学院工学系研究科

2024.1  
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