米国のAI企業アンソロピック(Anthropic)は2026年10月20日、社内の研究用のAIモデルに、サソリの毒にくっつく小さなたんぱく質を設計させた結果を公開しました。設計した案を外部の2社が試したところ、211件のうち17件が、ねらった毒にくっつく基準を満たしました。ただし、くっつくことを示せただけで、毒のはたらきを止めるか、動物で効くかは試していません。同社も、解毒剤を作ったとは言っていません。
この記事は、アンソロピックのブログと技術報告(10月20日)、公開されたデータ、ザ・バージ(The Verge)の記事(10月22日)にもとづきます。
サソリに刺される人は、世界で年に120万人以上います。そのうち3,250人を超える人が亡くなり、多くは医療の届きにくい地域の子どもです。解毒剤は、ウマに毒を注いで作る方法が主で、作るのに費用と時間がかかります。もうけが見込みにくく、サソリの被害は研究の手が薄い病気とされています。
アンソロピックは、この毒にくっつく小さなたんぱく質(ミニバインダー)を、AIに設計させました。くっつくたんぱく質は、毒が神経にとりつくのを邪魔できれば、解毒剤のもとになる見込みがあります。今回の相手は、4つの地域のサソリがもつ5種類の毒です。
作業を進めたのは、アンソロピックの研究用のモデルです。きっかけは、投資調査会社のシトリーニ・リサーチ(Citrini Research)からの持ちかけです。シトリーニは、自分たちはAIと生物のことを何も知らないと認めたうえで、素人でも本物の健康の問題に挑めるかを試したいと言いました。最初の指示と4回の追加の指示だけで、モデルは64時間のあいだ、ほぼ自力で動きました。たんぱく質の案を約31万8000件作り、12種類の設計ツールを使い分け、そのうち180件を選びました。人が31件を足して、試す案は211件になりました。
選んだ211件は、外部の2社が試験を引き受けました。スイスのアダプティブ・バイオ(Adaptyv Bio)と、米国のツイスト・バイオサイエンス(Twist Bioscience)です。2社は、表面プラズモン共鳴(SPR。たんぱく質がくっついたり離れたりする様子をその場で測るやり方)で、設計がねらった毒にくっつくかを測りました。
基準は厳しく、2社の両方でくっつき、無関係なヒトのたんぱく質には反応しないことを求めました。この基準を満たしたのは17件です。
| 試したこと | 結果 | 比べたもの |
|---|---|---|
| 🧪 211件の設計を外部の2社が試し、基準(両社でくっつく、無関係なたんぱく質に反応なし)を満たすか | 17件が基準を満たしたCn2に7件、AaH IIに4件、AaH Iに4件、LqhIIIに2件。Ts1には0件 | なし(くっつくかどうかの試し) |
| 🎯 1種類の毒だけをねらった60件のうち、くっついた割合 | 11件(18%) | アンソロピックの過去のたんぱく質設計と同じくらいの割合、と同社 |
| 🔗 1つの設計で複数の毒にくっつくか(1つで多くの毒に効けば、解毒剤の種類を減らせる) | 複数の毒に効いた設計は0件 | 1種類の毒だけをねらった60件(こちらは11件がくっついた) |
| 💪 一番強い Cn2-B1 が、毒のどこにくっつくか | 数ナノモルの強さでくっつき、既知の中和抗体 LR と同じ場所を奪い合った | マウスで毒を止めると報告のある抗体 LR |
数字はアンソロピックのブログと技術報告(2026年10月20日)、および外部2社の測定による。ナノモルは、くっつく強さの単位。小さいほど強くくっつく。
1種類の毒向けの18%という割合を、アンソロピックは同社の過去のたんぱく質設計と同じくらいだと書いています。つまり、AIに任せたことで、くっつく割合が特別に上がったわけではありません。ただ、人の手をあまりかけずに、64時間のうちに案を作り、試す分を選ぶところまで進みました。
17件は、どれも1種類の毒にだけくっつきました。1つの設計で複数の毒に効いたものは、1件もありません。くっついたことと、毒を止められることは別です。
一番強い Cn2-B1 は、マウスで毒を止めると報告のある抗体と、毒の同じ場所を奪い合いました。これは毒を止められるかもしれないという手がかりですが、細胞や動物で止まるかはまだ試していません。
| 📢 公表されている説明 | ⚠️ こちらで確認できていないこと |
|---|---|
| AIが設計した211件のうち17件が、ねらった毒にくっついた外部2社がSPRで測定 | ⚠️ その17件が、毒のはたらきを止めるか(細胞・動物での試験は未実施) |
| 1種類の毒向けの60件中11件(18%)がくっついた。過去の設計と同じくらいの割合アンソロピックの説明 | ⚠️ AIを使ったことで、くっつく割合そのものが上がったか(同社は上がっていないと書く) |
| 一番強い設計は、毒を止めると報告のある抗体と同じ場所を奪い合ったアンソロピックの競合試験 | ⚠️ その設計が、実際に毒を止め、安全で手ごろな薬になるか |
凡例:📢=当事者が公表している説明 ⚠️=出典に書かれておらず、またはこちらで確認できていない点
説明は、アンソロピックのブログ・技術報告(2026年10月20日)による。
ザ・バージの取材に、デンマーク工科大学のアンドレアス・ラウストセン=キール(Andreas Hougaard Laustsen-Kiel)氏は「ヘビやサソリの毒にくっつく良いたんぱく質を見つけるのは、わりとやさしい。難しいのは、それを薬にすることだ」と答えました。
ハリファ大学のアンドレアス・ベンダー(Andreas Bender)氏も、毒にくっつくたんぱく質の設計そのものは「ほぼ解けている問題」だと見ています。AIを使わない既存のやり方でも手ごろな費用で多くの候補を見つけられ、難しいのはその結果を体の中で本当に効く薬に変えるところだと続けました。
費用も公表されています。ザ・バージによると、計算とトークンの代金 約5万ドル(約750万円。1ドル150円で換算)はアンソロピックが負担し、外部の試験に 約15万ドル(約2250万円)がかかりました。アンソロピックは株式公開を控え、創薬でのAIの力を示したい立場にあると、ザ・バージは見ています。
案をたくさん出させ、外の人に確かめてもらう進め方は、研究の外でも使えます。たとえば特許事務所では、出願の書きぶりの案をAIに並べさせ、弁理士が先行調査で絞り込めます。製造業の調達でも、代わりになる部品の候補をAIに挙げさせておけば、受け入れ検査でふるいにかけられます。保険の商品企画なら、約款の文案を社外の法律事務所に見てもらう手前まで、AIに下書きさせる手があります。
「211件中17件」は、くっついた件数で、薬になった件数ではありません。「18%」も、アンソロピック自身が「過去と同じくらい」と書いています。AIが出した割合は、何と比べた数字か、何件中何件かを確かめてから受け取ると、成果を大きく見積もらずにすみます。
17件という数字は、アンソロピックの中ではなく、外部の2社の測定で出たものです。211件の設計と測定のデータは、ほかの研究者が使えるように公開されています。毒を止めるかどうかは、これから細胞と動物で確かめる段階です。